私に起こったリスニングブレークスルーを考察してみた



 

今日は、先日こちらのブログ記事でお話しした、私に起こったリスニングのブレークスルーの原因を考えてみたいと思います。


※最近の自分の英語以外の状況も織り交ぜているので少々長いですが。


薬のお蔭ですべてにのん気に…


 

私は2017年の春に、軽い更年期障害と診断されることを期待しつつ訪れたメンタルクリニックでまさかの『双極性障害』であると診断を受けてから、気分の浮き沈みの波が穏やかになる薬を処方してもらっていました。

 

とりあえず自分に合う薬に行きつくまで、3か月ほどの時間を要し、その間には薬の副作用らしき症状に少々戸惑う日々ではあったものの、夏ごろには同じ薬で様子をみるという状態にまで落ち着きました。

 

確かに薬を飲んでいる間は何となく気分の波が穏やかになっている気がしたし、イライラすることも以前ほどはなかった感じがしました。

 

でもはたと気づくと、毎日のんびり、ぼーっと過ごすばかりで、以前のように頭を絞って何かを深く考えたり、(今自分がこうして行っているようなブログの)文章を書いたりするような緻密な作業に対するやる気が全くなくなっていました。

 

まぁ、よく言えば毎日

 

何とかなるってー!

だいじょーぶ、だいじょーぶ!

 

的なのんきな気分でふんわかしていて、ある意味ではとても平和でハッピーだったのかも知れませんけども。

 

…緻密なことをする気が失せてしまっていたので、それまで暇があれば行っていた英語の勉強、特に精読の練習などしたいなんて気持ちは全く起きません。

 

毎日暇があればソファーにごろんと寝転がって、スマホでどうでもいいような芸能ニュースを読むことに時間を費やしたり、アマゾンプライムビデオでアメリカのドラマシリーズなどを(もちろん英語で)延々観ていたりしました。

 

以前なら芸能ニュースに何時間も費やす(気になった話題はコメントなども全部読んだり…どれだけ暇…汗)なんてこと、絶対になかったことでした。

 

そしてアメリカのドラマシリーズを英語で観ることも、時間つぶしと言うよりは『英語の聴き取り練習のため』という大義名分が必ず必要でした。

 

そのくらい薬を飲み始めるまでの自分の生活は、常に『一分一秒もムダにしたくない。すべてを英語の勉強に活かしたい』という強迫観念みたいなものがありました。

 

※実際にはそう考えているだけで、すべての時間を英語の上達に充ててはいなかったですが!

 

それが、英語の上達さえどうでもいいや~♪ というような気分になってしまうことで、まるで人生が一変してしまったかのような状態になってしまったんです。

 

本当にこんなことは、英語の学習を始めてから初めてのような感覚でした。

 


のん気じゃなくて実は諦め…?


 

今から思えば双極性障害の症状だったのかも知れませんが、英語の聞き取りが今ほど上達していなかった頃からでも私は、英語がものすごく耳に入ってくる感覚のときと、同じものを聴いても何故かぜんぜん理解できている感じがしないときの差が結構あるように感じていました。

 

気分が躁っぽいときは気持ちも開放的になっているので聴き取りに対する心理状態が穏やかで、沈み気味のときには心理的に閉鎖的になっているせいであったのではないかと。

 

確かに聴き取りの力が上達して行く過程では一度にすべてがクリアになるわけではなく、ある日突然、昨日まで聴き取りが難しかったものが急に楽に聞けている、もしくは理解することができている!という感覚は何度も味わって来ました。

 

そんな感覚を得るために、レベルが上がれば上がるほど、かなり長い間『全然上達していないみたい』というプラトー的な時期をずっと耐え忍んで行かなくてはなりません。

 

※『耐え忍んで』と言うと苦行ばかりのようですが、いかにこの時期を『いつか必ずもっと聴ける日が来る!』と前向きにとらえやり過ごして行くかの工夫は(後述しますが)、語学上達を達成するためには欠かせないものだと実感します。

 

そしてぐんと上達する直前に、脳が情報を整理するためか、なぜかぜんぜん理解できない!という驚愕とも落胆ともいえない気持ちを起こさせる時期が自分の場合は必ずあるのです。

 

だから『聞き取れない・理解できない』ことに対し、一喜一憂することは得策ではないというのが私の意見です。

 

 

とはいえ、暇さえあればアメリカのドラマをぼーっと観ていた2017年春~夏ごろの自分も、ドラマを観ながら聞き取れない箇所が結構あり、聴けていないのが自分の英語力のせいなのか、気分のせいなのか、それとも上達の前触れなのか、よくわからないまま、実際はそんなことすら深刻に分析するのも面倒臭い気分で、暇さえあればずっとアメリカのドラマを観続けていたんです。

 

以前の自分であれば、きっと聞き取れない・理解できないことに対してこの時点で焦りを感じていたと思うんですが、なんせ頭はお花畑状態だったので、そういうことがどうでもよくやり過ごせてしまっていました。

 

というよりも、ほとんど自分の英語の上達にこのころは諦めを感じていたというのが本当のところかも知れません。

 

絶望感にさいなまれていた(もしくは麻痺していた?)のだけれど、薬の効果によりそれを直視しなくていい精神状態になっていただけかと…。

 

だから内心はもう、大人になってから真剣に英語を学び出した自分には、英語が聴けているという感覚を得るのは不可能だと諦めていたのだと思います。

 

 

 


日本語のように聴けている感覚!?


 

英語の上達に無理に望みをかけなくなって1~2か月過ぎたかと思う頃、BSのアメリカドラマをふと観ていて驚いたことがありました。

 

出演者のセリフが、自分にとっては日本語とほとんど同じような感覚で聴けている!ということに。

 

確かに英語のはずなのだけれど、これが英語か日本語かすらわからない。

 

とにかくすーっと何の障害もなく理解できている。

 

それもセリフ自体がものすごくゆっくりと感じられる!

 

この違和感は、まるで自分が15年ほど前にレーシックの手術をした際に、術後に訪れたスーパーマーケットで見たいつもの牛乳1Lのカートンや、いつも行く映画館のチケットが巨大化して見えたことと重なります。

 

映画館では『最近チケットの大きさ変わりました?』と受付の方に思わず聞いてしまったほどです…。

 

(当然『え???』という反応が返ってきましたが…笑)

 

だから、すべてのセリフがまるで日本語と同じような感覚でゆっくりと聞き取れていることに気づいたときは、自分自身に何が起こっているのかサッパリわかりませんでした。

 

アメリカのドラマと言えば、必ず、もう絶対に、あちこちにゴニョゴニョした聞き取れない部分があって、どんだけネイティブスピーカーは早口なの!どんだけ口ごもってんの!と腹立たしささえ覚えていたものでした。

 

しかし、このときに限っては、おそらく以前の自分であれば聴けていなかっただろうなというような細かい部分まで不思議と耳がついて行って

 

なんだ、大したこと言ってるわけじゃないんだ!?

 

と理解できていたんです。

 

こんなことは本当に生まれて初めてのことでした。

 

 


1度目のブレークスルーはなぜ起きた?


 

夏に突然訪れたブレークスルーの原因はおそらく、2017年1月に合格した英語検定1級の一次試験前に約4か月間長文問題と語彙強化を、合格後二次試験のためにかなり毎日音読と英訳の練習に根を詰めた時期を経たのが功を奏したと考えます。

 

確かに4か月間とはいえ、試験を受けた時点では苦手だった長文読解のハードルを一つ越えた感はありました。それに伴って確かにリスニング力も伸びていたとは思います。

 

しかし合格後、苦手意識のあった英語でのスピーチ、質疑応答に対する回答のための『社会問題に対する(知識を含めた)発信力』にはまったく自信がありませんでした。

 

来る日も来る日も国弘正雄氏を真似て参考文章を音読し倒すも、自分の中に力が蓄えられて行っている実感がなく(読んだものが自分の血となり肉っている実感もなく)、また、どうして行くべきかもわからず、暗中模索の日々を2か月ほど過ごしていました。

 

今の練習をあとどれくらい続ければ効果があらわれるのだろう?

 

そんなことばかりを考えながら、先が見えない毎日を送っていたんです。

 

下手をすれば、やればやるほどわからなくなっていくような状態でした。

 

毎日必ず音読の記録を付けて、毎日のノルマを達成して音読している本が終わる頃にはどんな世界が待っているんだろうか、そのことばかりを考えていました。

 

それはある意味とても焦っている状態であったとも思います。

 

その間に上達の手ごたえを感じることはなかったものの、やはり培っていたものは確かにあったようで、それらを服薬の時期に一旦全部手放す(やめる)ことで脳に情報を整理する機会をあたえることになり、結果英語力の向上が見られ、英語の聞き取りが格段に楽になった、という流れではないかと考えます。

 

あと気分的にも、上達していようがしていまいがどうでもいい状態という偶然が重なり(苦笑)。

 

毎日毎日、続けている練習に対して『これだけやればどれだけ上達するのか』とジリジリ焦っているときにはなかなか上達は見えないものです。

 

それはまるで、お湯を沸かそうとしてじっとそばで見ているときにはちっともお湯が沸かない気がするのと同じかと。

 

でも少し席を外して他ごとをしているときにはかえって、やかんを火にかけていたことすら忘れていて、お湯が沸いていて初めて気が付く…なんてことすらあるくらい。

 

(これ私・笑)

 

おそらく練習の成果というのも同じような背景があるように思います。

 

それに実際、練習している(情報を詰め込んでいる)最中には、上達は見られないと耳にしたこともあります。脳がすべての動きを司っていることからすれば、詰め込みを一旦ストップして整理する時間を与えることで上達がみられる(変化が起きる)というのは腑に落ちる気がします。

 

自分にとっては、服薬によってすべてどうでもよくなった状態のお蔭でのお休み期間が(それまでそのような機会をあえて持つことはなかったので)意外にもよい結果をもたらした、ということなのでしょう。

 

※だからと言って何もせずのんびりだけしていても上達することはないので注意ですよ(苦笑)。

 

 


ずっと細々と続けていたこと


 

その夏のブレークスルーで、自分の聞き取り力の今後の上達に新たな希望を見出した自分でありましたが、再び薬の効果のお蔭か毎日easy-goingな日々を送っていて、それに特に調子に乗りすぎることもなく坦々とした日々を過ごしていました。

 

むしろ逆に、自分にとっての英語を非常に客観的に考える機会が多くあり、28歳から英語を再勉強し始めた自分にとってはすでに20年あまりもの年月が経っていること、それにも関わらず今まだ苦戦していること、そんな中、世の中では間もなく開催が予定されている東京オリンピックに向けて、ボランティアでも義務教育でも、英語を上達させようという流れが年々強くなってきている事実…。

 

もう自分はすっかりと世間のそんな流れから落ちこぼれてしまったなぁ…自分は今までもワールドカップやら万博やら、英語を使う(or そのために上達させる)機会があったにも関わらず家族を支えるためとか英語力が足りないからとか、いろいろな言い訳をしながらすべての機会を棒に振ってしまっていたなぁ…

 

なんて思いがぼんやりと浮かんでは、薬のお蔭か以前ほど深刻に悩まないのをいいことに、

 

それも自分の人生さ~。

 

なんてやり過ごしていたものでした。

 

そんな中でもたった一つだけ、続けていることがありました。

 

それは車を運転するときは必ず『NHK Radio Japanの英語ニュースを聴く』というものでした。

 

 


『なりきりキャスターごっこ』で気づいた大事なこと


 

NHK Radio Japanの英語ニュースは、何人かの英語ネイティブスピーカーに混じって、日本人アナウンサーが英語でニュースを読むのを聴くことができます。

 

中でも私は(日本人らしき人の中では)、Hiroko Kitadai ヒロコ・キタダイさん、Eriko Kojima エリコ・コジマさん、Risa Shimizu リサ・シミズさん、Yoshi Ogasawara ヨシ・オガサワラさん、Kumiko Konoie? クミコ・コノイエ?さんのニュースを聴くのが大好きで、運転しながら彼女たちの英語に注意深く耳を傾け、いつか自分もこんな英語を読むキャスターになれたらいいな…と思うほどになっていました。

 

実はほんの1年前、英検1級一次試験前にも、NHK Radio Japanの英語ニュースはよく聴いていました。でも不思議とその頃は聴き取れない・理解できない部分がチラホラあったんです。

 

しかし、のんびりしている間に私は、それまでしなかった別のこともしていました。

 

それはなんてことはない『テレビを観る』ということでした。

 

その頃から一匹目の犬を飼い始め、犬と一緒にリビングにいる時間が増えました。

 

そのときは必ずテレビをつけていて、BSで英語のドラマを観ることもあれば、地デジでニュースを観る機会も多くあったんです。

 

その間に、部屋にこもって英検の勉強ばかりしていた以前に比べ、日々のニュースに明るくなって来ていました。

 

(これ特に大人としては普通のことなんだろうけど・汗)

 

日頃から日本語でニュースの背景知識を入れていたおかげで、NHK Radio Japanの英語ニュースを聴いたときに、たとえそれが英語であっても

 

知識が内容把握を助けてくれるので、英語の聞き取りに余裕が生まれ、同じニュースを何度も繰り返し聴くことで、英語の表現が知らないうちに身近に感じられるようになる

 

という流れ。

 

※英語ニュースは一日2回しか更新されないので、車に乗るたびに聴くと同じニュースを繰り返し聴くことになるし、更新される前ならアプリで何度も聴くことも可能。

 

そして私の場合は特に、大好きなHiroko Kitadai さんの耳心地のよい声にはずっと酔いしれていたい、彼女のように読みたい!という願望に突き動かされ、彼女の素晴らしい英語の発音を深く掘り下げてじっと聴く(研究する)機会になったのです。

 

そして、日常生活においても自分自身で英語ニュース記事を読む際に『なりきりキャスターごっこ』などしながら練習を繰り返していたんです。

 

そして自分の英語の読み方にあるものが足りていない、と感じることがありました。

 

それは

 

『英語らしいのリズム感』

 

でした。

 

自分ではそれまでも気を付けていたつもりだったのですが、Radio Japanのキャスターの方々の素晴らしい英語をじっくりと聴いているうちに、この部分をもっと、いや、

 

もっと

強調させた方が英語らしく聞こえる!

 

ということを強く感じたのです。

 

そして自分でもそれを頭に置いて、日々英語のニュースを音読することが日課となって行きました。

 

それでも9月ごろには2匹目の犬を飼い始めていて毎日犬の世話で生活は一変。忙しさにかまけて1日数記事の英語ニュースを音読することもままならない日もありましたが、スキップした分はできるときにまとめて読むくらいの緩い感じで行っていました。

 

英語をどうしても上達させたい!

 

とか

 

次回の英検には必ず合格する!!

 

というような、今までの自分が課すような緊迫した目標ではまったくありませんでしたが、とにかく

 

●車に乗っているときは大好きなNHK Radio Japanの英語ニュースを聴く。

 

●家ではキャスターになりきってニュースを読む。

 

欲張らずその二つを主に、ただ自分が楽しいから、Hiroko Kitadaiさんのように読みたいから!という理由だけで続けていました。

 

 


再び訪れたブレークスルー


 

そして気づくと秋ごろに再び『英語が聴けている!』という実感を得ました。

 

一度目のブレークスルーの際に見て英語の聞き取り力の上達を感じたのは"Major Crimes ~重大犯罪課"というドラマでした。

 

このドラマはアメリカのドラマの中では比較的出演者が年配ということもあってか、セリフの英語がわかりやすいということがあったようです。

 

しかし今度は、NHK Radio Japanの英語ニュースをじっくり聴きながら自分でも発音することを繰り返した結果、今まで難しいと感じていたNPR Newsの英語や英語ドラマのセリフ、私が最も苦手としていたネイティブスピーカーがインタビューなどで話す英語などにおいても、自分で同じように発音できる、という感触を得たのです。

 

自分で発音できるから当然、英語がどんななりたちになっているかわかる。

 

今までどうして音がダンゴのようになって実態なく聴きとり辛かったのか、そのことの方が不思議なくらいに、

 

英語の音の法則に従って発音すればネイティブスピーカーのように発音すること自体が自然なことじゃないか!

 

と感じるようになったんです。

 

これは長年の自分の『生の英語が聴き取れない!』というモンモンとした悩みが一気に解決した瞬間でもありました。

 

 

 


効果はリスニングのみならず!


 

 

そして実はこの2回目のブレークスルーが起きる秋くらいまでの数か月間、私は英語を話すということを努めては行っていませんでした。

 

一つには服薬が原因で英語の上達にあまり躍起になることがなかったため、スピーキングの練習をして上達させなくては!という気持ちにならなかったから。

 

それでも頭の隅には

 

このまま英語を話す練習をしなかったら忘れていってしまうのだろうな…あれだけ頑張ろうとしていたのに、やめてしまったら全くしていなかったときと同じように忘れてしまうのだろうな…

 

という思いがボンヤリとはありました。

 

それでもそれに対して深く考えることもなく日々は過ぎてしまっていたんです。

 

まぁ~いいかぁ~

Take it easy ~

 

と。

 

二次試験のスピーチのためにと必死に音読していたことも内容も、すべて忘れてしまって、あの努力は一体なんだったのだ…と内心思っていましたが。

 

当然数か月も英語を話していないのだから、下手になっているのだろうなぁと。

 

しかし・・・

 

ある日以前もよく行っていたように、台所で作業をしているときに今自分がしていることを英語で説明してみると・・・

 

え??

意外にも言葉が出てくる!?

 

これは不思議な感覚でした。

 

数か月英語を話していなかったとは思えないほど、意外にも言葉がどんどん繋がって行くのを感じたのです。

 

この間にNHK Radio Japanを聴いて英語記事を音読するということは毎日の最小限のノルマとして続けていましたが、その他にも時間があれば英語を読んだり英語を常に聞き流すようには心掛けていました。

 

この際も基本は、『英語をやらないといけないから』というのではなく、『自分がやりたいから』というものでした。

 

よく、英語圏で育った子どもが日本に帰ってきたときに英語力を落とさない方法として読書が勧められます。今まで私自身に経験がないためこれは謎であったのですが、読書による語学力上達(維持)は効果が期待できるというのもあながち真実ではないかと、このときから実感するようになりました。

 

ある程度語学の素養ができていることが条件だとは思いますが、聴いたり読んだりすることで十分語感の上達を助けることができるのだろうと。

 

帰国子女でもない自分にでさえ、効果があったのですから!

 

そしてこの頃から私は、今まで服薬が原因(かどうかは不明ではあるものの)で遠ざかっていた(ブログなどの)文章を書く(英語を含め)という作業を再び行いたいと思い始めるようになります。

 

 

 


リスニング上達の効果はライティングにも!


 

そして主治医に断薬を相談するに至るのですが、それまでにいろいろと考えているうちに、自分の中では答えは決まっていました。

 

それまでに

 

このまま薬のお蔭で気分の浮き沈みが軽くなることが、自分にとっての幸せであるかどうかわからない。

 

薬を飲み始めて確かになくなった、以前ときどきあった『高揚していろいろなことに集中してしまう時間』というものが、実際には自分に『生きている実感』を与えてくれていたのではないか。

 

そうだとすれば、そのあとに訪れる『エネルギー欠乏状態』や、『気分の落ち込み』があったとしても、それはごく自然なことで仕方がないのではないのか。

 

(でないと体が壊れてしまうだろうから…)

 

というような自問自答が続きました。

 

そして断薬に関しては、受診と並行して診療の一環として春からずっと行ってきた週に一度のカウンセリングの存在が、私には大きな影響を与えました。

 

カウンセリングでは自分の心のうちや、周りの人間関係含む生い立ちの流れなどを包み隠さず話す必要があります。

 

それは過去を詳細に振り返る少し苦痛を伴う面倒な作業であり、また良い面としては、話しながら自分の心を整理したり客観的に見つめる時間にもなりました。

 

なかなか普段の生活でこのようなことをじっくりと聴いてもらう機会はないので、自分にはとてもよい経験でした。

 

一通りの作業を終えるのに半年もの時間がかかってしまったのですが、その集大成として受けた心理テストである結果が出て、先生曰く、その結果は私自身のすべてを表すわけではないけれど、自分を理解するのにはとても重要な要素であると。

 

なかなか客観的に自分を観る機会はないので、その結果はとても興味深いものでした。

 

またある意味では、自分に自信を持たせてくれるものでもあったんです。

 

そしてその結果を受けて、今後のカウンセリングを続けるかどうかを『自分で』決めなくてはいけなかったのですが、私は断薬も含め、診療を受ける前の自分として過ごして行きたいと強く感じました。

 

実を言えば、『自分のままでいいのだ』と背中を押してくれたのはカウンセリングの先生の言葉ではあったのですが。

 

それはまたの機会にお話しするとして…

 

 

結局断薬に踏み切って(多少の"シャンビリ"という断薬の副作用に襲われつつも)何とか1か月以上経過した現在、受診する前と今の自分とで大きく違うことは、

 

まだまだ発展途上ではあるとは言え、自分の人生にとって最大の関心事である英語に対して、今まで勉強を続けて来た結果が、ある程度形になったと確信できた

 

ということなんです。

 

ほんの半年の間に、それもガリ勉をすべてやめてしまっていた間に起きた2回のブレークスルーによって、それまでの人生でやってもやっても報われない気がしていた8割以上の問題が一気に解決してしまったような気がするのです。

 

別の言い方をすれば、これからの人生、どうなるかわからないとしても、ここまで英語がわかるようになった、長くかかってしまったけれど、ここまでいろいろなことができるようになれた、ということだけでも十分自分にとって、これから幸福感や充実感を得ながら英語を楽しんでいける、という自信が持てたということ。

 

※これは他の人と比べてどう、ということではなく、自分の中での満足感の度合いです。

 

断薬を決めてからすぐにもう、自分の中では心の中の思いを文章にしたためることを考え始めていました。

 

さすがに8か月あまり、多くの文章からなる一つのまとまった記事を書くという作業をしていなかったので、しばらく頭の中でリハビリ的な時間が必要でしたが、もう薬には頼らずありのままの自分(他人に迷惑がかかる部分は自重しなくてはいけませんが)を受け入れて(いいこともそうでないことも受け止めて)生きて行こうと考えてから、やはり文章を書きたい気持ちが溢れてきました。

 

それから初めて書いた記事が、

8か月のんびりしていたら英語のブレークスルー起きました

 

であり、その次に英語でも書いた記事がこれでした。

 

 

【日英】3匹の犬のために車を買う

 

英語を書くときはいつも、自分の中の今までの知識や経験を総動員し、あやふやな記憶のものがあれば辞書にあたりと、日本語以上に気を遣わなくてはならず、時間を忘れるほどに没頭してしまい気づけばどっと疲れる作業ではありますが、それだけに書き終えたときは充実感もひとしおです。

 

やっぱり自分は書くことが好きなんだとあらためて思い知りました。

 

そして普段から聴いたり読んだりしているものは知らないうちに自分の体に入っているものなんだな(書こうとすると自然に出てくるから)!と、普段の何気ないインプットの重要性と陰なる絶大的な効果を痛感する瞬間でもあるのです。

 

※だから練習は裏切らないと思える。そしてこの面白さは最近再開した動画制作にも感じています。ただエネルギーと集中力をつぎ込む分、体力と精神力の消耗も激しいですが(苦笑)。

 

 

英語のライティングに対しても、もちろんまだまだ発展途上の身ではありますが、

 

英語を書きたい!

英語で表現したい!

 

という気持ちや意欲がありさえすれば自らどんどん貪欲に研究して行けるでしょう。

 

語学はとどのつまり自分の言葉

 

自分の言葉は自分で模索して行かなくてはならないのです。

 

なぜならそのヒトトナリが表れるものだから。

 

そして何より、日頃の努力によってだんだんと上達できている自分を感じられるのは、どんなに大人になっても嬉しいものです。

 

生きる糧になります。

 

これは英語に限らず、どんな外国語においても醍醐味であろうし、もっと言えば楽器でもスポーツでも、どんなものでもそうなのだろうと思います。

 

しばらくの間意欲を失っていた自分からすると、心から沸き起こる意欲というものがすべてなのだと実感を持って言えます。

 

意欲が戻ってよかった。

 

 

※とはいえ、断薬に関しては個人差があるので、必ずしも私のケースがいつも当てはまるわけではありません。

 

 

 


時間しか解決できないこともある。培ったものを信じよう。


 

少々長くなってしまいました。

 

私は今回の経験を経て、一つのことを実感しました。

 

それは

 

何事も一朝一夕には実現しない

 

というちょっと当たり前なことです(苦笑)。

 

要するにどんなことも積み重ねた努力に対して、それが熟すまでに時間が必要ということです。

 

※ワインだって一晩じゃどうにもならないし(苦笑)。

 

だから無駄には焦る必要はないんです。

 

今できない自分を必要以上に責める必要はないんです。

 

 

こと英語となると特に日本では『半年で』とか『あっという間に』というような魔法のような言葉に惑わされがちですが、ごくまれに存在するらしい語学の天才以外にはそれはあり得ない話であるということをしっかりと理解すべきだと思います。

 

一朝一夕にはどうにもならない。でも日々培っている努力や作業は、必ずや自分の中に蓄積されて、ある時々に時間という触媒により驚くべき化学反応を起こしてくれるのです。

 

 

でもその化学反応の起こり方やスピードも人それぞれだと思います。

 

人によってはできるだけ焦って自分を追い込んだ方が結果が出やすい人もいるかも知れません。

 

でも人によってはもしかすると、結果が出るのに時間のかかることであればあるほど、結果が見えない長いプラトーの時期には、心穏やかにできるだけ楽しんでしまった方がよい効果が出るのかも知れません。

 

今まで長くにおいて私は前者のタイプだと思い込んでいたのですが、今回のことを通して、

 

焦っても焦っても努力に対して時間というものの影響が必要なのであれば、ちっとも起こらない奇跡に毎回落胆するよりも、長いプラトーの時期をできるかぎり自分にとって都合のよい方法で楽しくやり過ごして行った方がいいのではないか

 

と思うようになりました。

 

例えば、英語を話したくない日があったとしたら、話したい!と心から思えるときまで無理にしなくてもいいんじゃないか?

 

とか。

 

上達してないみたいに見えるけどあまり気にしない!

 

とか。

 

 

もしかすると、無理やりにでも毎日練習した方が伸びるのかも知れない?

 

でもそれが楽しくないとすれば…

 

どうでしょう?

 

 

私は双極性障害の経験から、気分が乗っているときはどんどん言葉が出るタイプなので、自分が乗っているときに一気にやっちゃえばいいじゃない?と思うわけです。

 

普段地道に練習を積み重ねていれば、力はついているはず!

 

そう前向きに信じるんです。

 

まぁこれは、私が今人生の折り返し地点を過ぎて、更年期という年代を迎えたからやっとたどり着いた結論なのかも知れませんけれども。

 

過去8か月余りを振り返っても、以前の自分ではありえないほどに図々しく開き直ってのんびりとした時間を過ごせたのも、今の年代だからこそなのかもとは思いますし。

 

 

そして最後になりましたがもう一つ確実に言えることは

 

英語の音のリズムを理解・習得することで英語の聞き取りがぐっと楽になり伸びる!

 

ということ。

 

それも日本人の場合はそれをオーバーリアクション気味にしないとあまり効果がでません。

 

私は犬以外誰もいない部屋で行うことで、恥ずかしさを払しょくしてかなり効果を得ました。

 

 

 

しかしやはり英語全体の理解を深めるためには、文法や単語、決まり文句的なものの知識も必要です。

 

私の場合であれば、1年前に一時的に集中して行った英検1級のための学習が非常に役に立っています。

 

ボキャビルにも四苦八苦して『こんな単語使うことあるの?』と正直思いながら語義だけを頭に叩き込んだものも数多くありました。合格者さんの体験談でも『覚えた単語の多くを試験後は忘れてしまった』と。

 

でも、現在どんなニュース記事や多くの書籍を読むのにも苦労しないのは、あのときのボキャビルの努力があったからだと日々痛感するんですね。

 

そしてボキャビルだけを必死に忘れないようにと毎日毎日行っていたときもありましたが、そんな風に躍起になっているときよりも、英語の海に身を投じて毎日生の英語に触れている方がずっと出会う単語は多いし忘れないものです。

 

ほんとうに嘘みたいに出会うんです。

『こんな単語使うの?』ってものに!

 

英検1級の学習は巷で言われているほどムダではありませんよ!

 

むしろ英語を本当にわかりたいのであれば、ここまで頑張ってみることを強くお勧めします!

 

確実に世界が変わります!

 

※ボキャビルの効果的な方法についてはまた別記事で紹介します。

 

 

話を少し戻します。

 

いろいろな知識がありながら英語の聞き取りが苦手と言う場合は、リズム強化をして自分でも同じように発音できるようにすることであっさり解決してしまうことは大いにある

 

と確信します。

 

確実にひと壁越えられます!

 

※とはいえ、私がすべての英語を問題なく聴き取れるようになったということではありません。確かにブレークスルーを経験しましたが、当然まだ難しいと感じるもの、苦手なものなどは存在します(日本語にもそのようなものが存在するのと同じように・・・当然英語ならもっと!そして『聴き取れる≠理解できる』とならない部分も確かに存在します)。しかしながらリズムの強化でかなりの問題が解消されるはずです。

 

 

 

以上、ここまで読んでくださってありがとうございます。

 

私自身、紆余曲折して今日まで来ました。

 

この記事が、読んでくださったあなたの何かの助けになれば嬉しいです。

 

 

質問などあれば問い合わせからどうぞ。

 

 

※それにしても後から読み返すと自分の日本語の文章が長くて読みづらい…。こういう傾向がどうしても外国語にも反映されてしまうと思うので要注意です…。