【双極性障害Ⅱ型】自分にできることをして行くだけ。そんな時でも英語は味方になってくれる。

 

ファンキーアコです。

 

こちらのブログに書いたのですが、先日訪れたメンタルクリニックの医師に、双極性障害Ⅱ型であると診断を受けました。

 

■双極性障害Ⅱ型と診断を受けました

 

その後自分なりにこの症状を調べてみて、自分として長年モヤモヤしていたことが一度に紐解かれたような気がしました。

 

この40年、自分でもどうしていいかわからない気分の浮き沈みに翻弄されて来たんです。

 

調子のいい時は驚くほど何でもできそうな気持になるんですが、それはいずれ必ず落ちることがわかっていたので、一瞬は行動的になっても継続してできる気がしませんでした。

 

自分の今までの人生が今一つ積極性に欠けるものであったのは、根底にその恐れがずっとあったからだとわかりました。

 

そしてこれからの人生ずっと先生とともに自分に合った薬を模索しながら、この症状に付き合って行くことになります。

 

ここで病気自慢をするつもりはありません。

 

ただ、中学生の頃からずっと生きづらさを抱えて、気分の浮き沈みにより周りに合わせなくてはいけない集団生活などが苦手だった自分も、

 

組織に入って人に雇われることに居心地の悪さを感じるのであればネットで起業することで何とか食い扶持を確保できたり、

 

人を巻き込む必要があまりなく自分のペースで続けることができる語学学習に助けられてきたなぁと改めて感じたのです。

 

そもそも高校時代に不登校になってしまったのも、あんなエネルギー有り余る世代であるというのに、自分の気持ちの振幅が周りの元気いっぱいのクラスメートに合わせるには無理があったために、息切れしてしまっていたのが原因だろうと思います。

 

もちろん双極性障害Ⅱ型の自分にも元気のよいときはあったのだと思うのですが、その波が違いすぎるというか…。当然当時はノリの悪い自分に原因があるのかと悩んだわけですが。

 

あの時の自分に"声をかける"としたら、

 

『そういう性質の自分であることを責めなくてもいいのだよ』

 

と伝えてあげたい。

(何気にあの有名な一節をもじりました・苦笑)

 

学校が窮屈で仕方がなかった自分はよく学校をサボって(苦笑)、ローカル線に乗ってプチ旅行をしてみたり(帰ってくるときに学校帰りのクラスメートとバッタリしちゃうわけですが・笑)、学園ドラマみたいなんですが、学校の近くの河原の土手でラジカセ片手に好きな音楽を聴きながらボーーーーっとするのが大好きでした。

 

※ウォークマンすらもなかった当時は、まじでラジカセに電池を入れて持っていった。当時はホール&オーツの"Wait For Me"とか、エアサプライの"Lost In Love"とか、スティービーワンダーの"Isn't She Lovely"とかが流行っていて、校内放送でクラスメートが流していた曲を教えてもらって自分でFMラジオの雑誌を買って、曲が流れるときを狙って録音してオリジナルオムニバステープを作ってた。

 

 

Sunshine Of My Lifeが続きます。

 

他にも曲はあったのかも知れないけれど、すぐに思い出すのはこの3曲。今でもあの土手を思い出すだけでこの3曲がこだまのように蘇ってきます。

 

あの時ボーーーーっとしながら感じていた言葉にできない思いが、40年後までずっと続くとは予想すらできなかった高校時代の自分でした。

 

もちろんせっかく入った公立高校の商業科で、当時バンド活動に足をツッコミ始めた自分は就職する気などサラサラなく勉強はほとんどせずに、まさかその10年あまり先に英語を再び勉強することになろうとは夢にも思いませんでした。

 

それでもこの頃聴いていた曲たちや、バンド時代にバンド仲間から教えてもらって見始めた『ベストヒットUSA』、バンドのボーカルが歌っていた洋楽カヴァーなどの影響で、常に英語の曲はそばにはありました。

 

ちょうどベストヒットUSAを探したら、いきなり小林克也さんのブライアン・フェリーとこんな至近距離でインタビューする映像が!!

 

そしてこれはジェームスブラウン!

 

当時の自分が、英語を理解できている今の自分を想像できるはずもなかった。

 

それにしても克也さん、英語のリズムがいいですねぇ!

 

そして決して英語をまくしたてはせず、少しずつ相手の様子を見ながら言葉を選んで付け足しているイメージ。ボソボソと話しているにも関わらず、リズム感があるのでとても自然に流暢に感じられます(もちろん流暢です)。

 

上から目線みたいですみません!


5 seconds of summerというバンドにインタビューする克也さん。若者にさりげなくこんなインタビューしちゃう克也さんのようなオバちゃんになりたいかもと思った(笑)。

 

インタビューするにも会話するにも、相手の言ってることを聴き取って理解するするのがまず一番大切。そのためにはリスニング力を鍛えなくてはね!


自分にできることをやって行くだけ


そして気づけばすっかりと当時の音楽回顧録になってしまいました(苦笑)。

 

まぁ要するに、双極性障害Ⅱ型と診断されたことで、ある意味自分の身の丈に合わないことは頑張る必要はないのだと安心したというのも真実です。

 

がんばらないというのとは違うけど、できるだけムダな方向に努力しない、と言う感じでしょうか。

 

…とすると、日々のコンディションがコロコロと変わりやすい自分にとっては、ここ一番の大舞台的なものを人を巻き込んで計画してしまうと、おそらく大変な負荷がかかってしまうと思うのです。

 

それがわかっていたから、そういうことをしない人生を知らないうちに選んできてはいるんですけどね。

 

 

とはいえ高校時代から結婚するまではバンド活動をしていて、この自分の傾向であのような活動をしていたとは…確かに楽しかったという反面、とても気苦労が多く大変だったという記憶もありますね。

 

 

『ファンキーアコのセミナー』というものをご提案いただいたこともあって(この記事の横にある、『英語でなりたいプロジェクト』の動画のどれかの中で話してます)、その時はいけそうな気がしていたんですが、そもそもそういう気分になっているときは『躁』のときだったので(苦笑)。

 

とすれば必ずそうでない『鬱』のテンションの時がやってくるわけで、それが予想つかない限りは大がかりな企画はやはりできないわけですね…。

 

※そしてこうやって大量の文章を一気に書いているときは、自分は気づいていなかったんですが『躁』の状態に入っているらしいのです。確かにこれ書きながらものすごくドキドキワクワクしています(苦笑)。 もしかするとこのような活動が自分には一番合っているのかも知れないとも思います。


最後に


 

双極性障害と知らずに、息苦しさを感じながら日々を生きてみえる人も多いと今回初めて知りました。

 

自分も中学生の頃から人知れず悩んできて、わがままや甘えと混同して家族でさえもなかなか理解してもらえないツラさを感じてきました。

 

何より自分が何が何だかわからずに混乱していました。

 

さんざん自分を責めてきました。

 

40年もの間。

 

この症状で苦しむ経験をしたからこそわかること、そんな自分だからこそできることもきっとあると思います。

 

もしかすると自分の使命を見つけるための試練なのかも知れません。

 

せっかく学んできた英語を、誰かのために役立てられたらよいなと思うのですが、こんな自分なので、できることを選んでいかなくてはいけないと認識しています。

 

 

背伸びをせずに、自分の苦手な部分をカヴァーしてくれる得意分野を活かした何ができるのか、考えてみようと思います。

 

そして例え思い描いた部分に自分の居場所がなかったとしても、世の中のモノサシにとらわれなければ、自分らしい生き方はできると私は信じています。

 

そして一人の時間にも学んだこと、身につけようと努力したことは必ず自分の身を助けてくれます。

 

不登校を経験して英語など決して得意でなかった私にも、いつしか英語が生きる心の糧になったように。

 

あなただからこそできることが必ずあります!

 

 

この記事が、今悩んでいるあなたに役立てば嬉しいです。

 

 

ここまで辛抱強く読んでくれてありがとう(*´◡`*)