【洋書多読】TOTTO-CHAN by Tetsuko Kuroyanagi

 

229 pages

 

これは言わずと知れたあの黒柳徹子さんの小学校時代を回想して書かれた本です。

 

心温まる本当にすてきなお話でした。

 

かつて東京都目黒区自由が丘にあったトモエ学園と出会いが、今でいう学習障害であったかも知れない徹子さんを温かく受け入れ、その自由で独創的な学校の雰囲気が徹子さんの良い面を伸ばし、今の素晴らしい黒柳徹子さんにつながっているとあらためて感じます。

 

黒柳さんの自由奔放さはとても有名ですが、この本を読んでから黒柳さんの若かりし頃の写真を見ると、子どもの本来持っている可能性をつぶさず上手に引き出してあげることで、こんなにもイキイキとした人生を自ら選択し送ることのできる人間を育てるのですね。

 

現代からは想像もできないような、のどかで自由でゆっくりとした時間が流れる日本の様子(それは途中から戦争によって苦しいものになっていくのですが・・・)を垣間見ることができます。

 

それが英語でどんな風に表現されているかを味わうこと自体が、この英語版の特に興味深いところです。

  

 


この本の英語について


 

Translated by Dorothy Britton

 

英文は端的かつ明快でとても読みやすいものとなっています。

 

それでいて精錬された表現があちこちに見られます。

  

自分でもよい英語を書けるようになりたいと思う読者にとっては、この英訳をじっくりと味わうように読むことで、多くを学べるでしょう。

 

 

黒柳さんが本の巻末の"POSTSCRIPT"の中で、このDorothy Brittonさんの翻訳のことをこのように書いています。

 

"I am very fortunate to have found such a splendid translator. The fact that she is both a musician and a poet has enabled her to put my text into English that has both rhythm and sensitivity and is a delight to read."

 

翻訳者さんは音楽家であり詩人である方なのですね。

 

この本がとても軽快でリズミカルな英語で書かれていると感じるのも納得です。

 

 

 

そして短編小説のように、短く完結したお話が集まった本となっているので、読みながら飽きてしまうということがないのも読み進めるうえの助けになるかも知れません(特に眠気が襲ってきそうなときなど)。

 

 

 

ただ、日本語版を読んでいないので的確なことを言えていないかも知れませんが、英語の表現がときどき大げさに感じられて(黒柳さんは"POSTSCRIPT"の中で、一切創作はしていないと言及していますが)、ときどき『できすぎでしょ!』と少し冷静になってしまう場面がなきにしもあらずでした。

 

もしかすると、『日本語と英語の表現の違いによって引き起こされたニュアンスのギャップ』というものかも知れません。

 

そして本の巻末の"POSTSCRIPT"では黒柳さん自身の気持ちが述べられていて、物語以上に読み応えがあります。

 

そのあとの、同級生たちの(出版時の)近況をつづったページを読むと、物語の中の(フィクションのように感じられてしまった)キャラクターがより現実味を帯びて感じられるのがとても興味深い思いがしました。

 

 

 

 


amazon.comでのレビュー


 

この本のレビューを読んでいて、amazon.comからのものでとてもよいレビューを見つけました。

 

※アンダーラインがしてある部分の"the"は"them"のtypoかと思われます。

 

 

このレビューもとてもシンプルな英語で、自分の感想や話の要約などをコンパクトにまとめてあり、こういったレビューを観察することからも、たくさんのことを学べますね。

 

英語で書かれた本を読む楽しみは、同じ本を読んで他の読者たちがどういう感想を持っていて、どういった英語でそれを表現しているかを知るということにもあると思います。

 

そして

 

自分もいつか伝わる感想文を書けるようにがんばろ!

 

という原動力にもなります。

 

 


まとめ


 

黒柳徹子さんは1933年生まれで、この本の英語版が出版された1982年には49歳。

 

その当時の自分は高校生の18歳で、英語とは学校の科目以外では全く縁のない人生を送っていました。

 

当然この本が話題になっていたであろう時代には興味を持つはずがなく、恥ずかしながらそのまま現在に至っていました。

 

1933年生まれと言うと、うちの両親が生まれた年とも同じで、この本が舞台になった戦時中の時代と出版当時の時代の黒柳さんを想像することは、ある意味自分の親の時代を想像させてくれるようでもありました。

 

そして時代の流れにより、現在の自分は出版当時の黒柳さんよりも少しだけ年上になってしまっていて、この本の中では時間の止まっているTOTTO-CHANと大人になった黒柳徹子さんと、その頃そろそろ更年期を迎えて苦悩していたのかなという自分の(生前の)母親の心情なども合わせて想像しながら(および現在の自分とダブらせながら)、なんとなく不思議で複雑な思いでこの本を読むに至りました。

 

この本をきっかけに黒柳徹子さんのことをもっと知りたくなり、自発的に調べたりもしました。

 

本当にいろいろな面で既成概念にとらわれない、ご自身の個性や物事の本質をいい意味で貫く、勇気あるステキな方だとあらためて知りました。

 

黒柳さんが存命されているうちにそれを実感することができてよかった。

 

平和を愛し、優しく、いつも等身大の自分で飾らない黒柳さんには、いつまでも元気でいてほしいと心から思います。

 

 

お話と英語、どちらにおいても素晴らしい本です。

 

まだ読んでいなければ、あなたもぜひ読んでみてください!

 

TOTTO-CHANが(ますます)大好きになっちゃいますよ(*´◡`*)