【激白】私が英語を学ぶ理由(1)


 

ファンキーアコです。

 

先日私のアメブロ記事にこのような嬉しいコメントをいただきました。

 

 

 

貴重な時間を割いてコメントしてくださるのは本当に嬉しく思います。

 

 

>せっかく素晴らしいスコアで一次試験を合格…

 

あ~、これは誰も言ってくれなかったから素直に嬉しい(笑)。

 

私は今回の合格で、家族を喜ばすことができるのを一番楽しみにしていたんですが、実際英語をやっていないとピンとこないことが多すぎて…

 

というか、たぶんほとんどわからないんですよね(苦笑)。

 

 

 

確かに

 

『おめでと~!やったね!!』

 

と言ってもらえたんですが…そしてうまく説明できなんですが、正直なところ

 

『それだけのことなんだ?』

 

というような気持ちにもなっちゃったんですね。

 

 

 

 

自分は何を期待していたんでしょうね?(苦笑)

 

 

別に人を喜ばすために合格したかったわけじゃないですけどね。

 

 

 

 

でも以前娘の一人が言ってくれた

 

『母親が英検1級受かったら、娘の自分たちにもやればできる!って勇気になるね』

 

という言葉がなんだか嬉しくて、がんばろうと思えたのは本当です。

 

 

 

そして実際に意外に薄い反応だった(ように見えた)んですが(苦笑)、心のどこかにひっかかってくれていたらそれでいいのでしょう。

 

このことがいつか娘たちに化学反応を起こしてくれることがあれば素直に嬉しい。

  

 

 

そして私にはわからないところで、この

 

『高卒海外経験なし、英語は中学英語から学びなおした52歳』

 

が合格したことで『自分もできるかも!』と思ってくれる人がいたらそれも嬉しい。

 

 

それを教えてもらえたらもっと嬉しい(笑)

 

 

 


『9割は苦悩』の人生。そして『苦悩』に存在する英語。


 

 

自己啓発的なことに関しては興味のある体質ではありますし、きっと嘘でも

 

『自分は幸せだ』

 

と言うべきなのでしょうが、正直に告白してしまえば

 

私の人生の9割は苦悩に満ちている』

 

といつも感じています。

 

 

 

先日の英検一次試験の合格のときのように

 

『努力が報われた』

 

と感じてジーンと喜びに浸ることもありますが、そんなのは全体にすればごく1割程度のこと。

 

 

 

あとの9割は迷ったりクヨクヨ悩んだり苦しんだり…

 

ヘタレだし"リア充"でもない…

 

なんて人生なのだろうと思うのですが、これが自分の人生に他ならないので仕方ない。

 

 

 

英語を学んでいる時間は『9割の苦悩』にあたるわけなのですが、じゃあ英語は苦しみなのかと言えば

 

英語は生きがい

 

としか表現しようがありません。

 

 

 

英語を学ぶことはもう自分の人生の一部です。

 

毎日息をするのと同じくらい普通に朝起きて英語に関することをやっています。

 

誰にお願いされるからとか、誰に命令されるからとかではなく、自分が好きでやっています。

 

英語は大好きだし、好きでなかったらこんなに明けても暮れても毎日飽きもせず英語ばかりやっていないでしょう。

 

 

 

でも私の1割の喜びのほとんどを占めている英語は、その多くが私の9割の苦悩の中に存在しているのです。

 

なんだか意味わかりませんかね?(笑)

 

 

 


ブレない理由


 

せっかく一次試験を合格したのに振っちゃうなんて…。スゴイ。

 

いや~、恐縮です。

 

 

あ、でも一次試験を合格したのに二次試験の受験資格は一年間あるので、振ってしまったわけではないんですよ(苦笑)。

 

確かに前回9年ほど前に一度一次試験をまぐれ(ほんの1点+で)合格してしまったときは、自分の英語力が二次試験の準備に足元にも及ばないという現実におののき辞退したというヘタレな過去はありましたけどね(苦笑)。

 

 

 

でも

 

>凄すぎます。少しもぶれないアコさんに感動しました。

 

私がブレていないとすれば、私が英語学習をとおして得たいものは『英検合格』ではなくて、

 

英検一級合格にふさわしい英語力

 

だというところかなと。

 

 

 

今回4か月半の英検準備を通して(対策を行わなかった)英作文以外のセクションに対しては効果があらわれました。

 

 

 

でも試験が終わって、試験会場だった愛知学院大学から最寄りの地下鉄の駅までのシャトルバスの中で感じたんです。

 

 

 

そのバスの座席は、私と同じ教室で英検1級を受験した人たちで埋まっていました。

 

自分にとってはこんなに準備して臨んだ英検が過去においてなかったので、緊張以上にワクワクする気持ちにかなりのエネルギー奪われてしまって、試験後にはエネルギーの枯渇により放心状態になっていたんですが

 

同じバスに乗っている人々にも同じような雰囲気を感じたんです。

 

みんなあの試験の容赦なさに疲れ切ってグッタリしている…

 

と。

 

 

 

もしかしたら自分がそういう状態だったので、そう思っただけかも知れませんけどね。

 

 

 

でも私はそのあとに知ったんです。

 

英検1級を受験する日の午前中に、ダブル受験と称して英検準1級を受けてから臨んでいるツワモノがいることを!

 

それも、午前中に準1級を受験することで英語のスイッチがいい感じに入って、午後の1級はノリノリで臨めると!!

 

 

Holy mackerel!

なんてこった!!??

 

 

と思いました。

 

 

 


自己満足かも知れない。でもその世界を見たい。


 

  

今回の英検の準備をする際に私は

 

長文問題で全問正解する人の世界を見たい

 

と強く思ったんです。あの長文が『うーん、わかるわかる!』と感じられる世界を見たいと。

 

それを見るまでは諦めたくない!

 

と。

 

 

 

そして対策をすることで確かにその一部を垣間見ることはできました。

 

でもやはり上には上が(当たり前ですけど)いるものなのだと改めて気づきました。

 

 

その人たちにとっては、今自分がヒーヒー言っていることも楽々できてしまうのでしょう。

 

確固としたゆるぎない英語体力

 

があるはずだから!

 

 

 

 

長文を読んで楽に理解できる。

 

リスニングが楽にできる。

 

より語彙が豊富でいろいろなものがわかる。

 

自分の気持ちや考えをより正確に細かく表現できる。

 

たくさんの英語の世界を楽しめる。

 

・・・

 

 

 

そういう人々は、自分はいっぱいいっぱいで放心状態だった英検1級後のあのバスの中でも、きっと余裕をかましていられたでしょう。

 

 

 

その世界を見てみたい!!

 

と今強く思うのです。

 

 

※だから例え今回の合格を『振って』しまったとしても、今後自分の英語力がより確実なものに成長して行くのであれば次回また受けて受かればいいだけのことで大した問題ではありませんね。あえてサラリと言ってみる(笑)。

 

 

 


英語が自分を救ってくれた。


 

私の探究心が続く限り、自分の英語学習の旅は続くでしょう。

 

9割の苦悩も続くのです。

 

そして願っていた景色を観られたら1割の喜びに浸ります。

 

でも向上心が災いして(苦笑)、その喜びは長くは続きません。

 

一つ乗り越えたら、すぐにまた新しい目標があらわれてしまうから。

 

そんなことを繰り返して行くのでしょう。

 

自分の人生だから、それでいいのだと思っています。

 

 

 

 

でも明らかに言えるのは

 

9割の苦悩の中にあっても、自己満足であっても

 

英語は私を救ってくれた

 

と思うのです。

 

だから感謝なのです。

 

 

 

この話はまた追々して行きたいと思います。

 

※英検余裕で受験~という目標だけでなく、英語の多読を通していっそう確信した自分の目標についても、また続きで書く予定です。