【息抜きブログ】普通に練習をがんばれる日の尊さについて。


■気づけばもう秋…


 

英語難民カウンセラーのファンキーアコです。

 

今日は息抜きブログ記事です。

 

 

突然今日から、私が住む名古屋は風がひんやりとして秋の感じになってきました。とってもお天気がよくてカラッとしていて気持ちのよい日です。

 

季節は刻一刻と移り変わっているのですね。風の匂いとか空気の湿り具合とか日差しの色とか、一日として同じ日がないほどに、日々それぞれの顔を見せてくれます。

 

気がつけばもうセミ鳴いていないし(笑)

 

 

そしてもう2016年も残すところ3カ月半となりました。

 

早っ!

 

毎年一つずつ年を重ねて行くと一年がどんどん短く感じられると言いますが(これ実際にそうらしいですね?専門的なことはわからないけど・苦笑)、自分としては残りの日々が少なくなってくせいか、季節のこととか自分の体に起こっていることとか、昔に比べると敏感に感じたり味わったりするようになってきた気がします。

 

 


■29,200日


 

これなんの数だと思いますか?

 

これは…

 

80歳まで生きたとして、人が一生のうちにすごす日の数。

 

は??少なっ!

 

と私は思いました(笑)。

 

数字にするとものすごく短く感じますよね?

 

私はもう51年(52年?数字に弱い・笑)生きたので、この半分も残ってません。

 

より一層毎日を大事に生きないといけないなぁと感じます。

 

 


■上達を見届けるまでは…


 

私は最近ずっと毎日、英語・中国語・ピアノ・歌の練習をしていて、体調がいい日は分刻みで、まるで

 

デビュー間近のタレントの卵かい!

 

とツッコミ入れたくなるような感じの生活を送っています。

 

私はなぜか『練習』が大好きなので、家にこもって(苦笑)何事もなく練習できる普通の日々という時間を最高に幸せだなぁと感じます。

 

これも残された日々のことを脳裏にいつも感じているからかもなのですが、何気ない日常というものは、突然のできごとによっていともカンタンに崩れ去ったりするということも私はいやというほど知っています。

 

ちょっと気分が乗らないなぁ、なんで?という軽いものから、あんなに風邪を引かないように、寝るときも口にテープを貼るほどにして鼻呼吸で気を付けていたのに、気がついたら咽頭が張れてノドがヒリヒリするとか、突然大きな口内炎が出来て発音練習が快適にできないとか、急に頭痛がして練習に集中できないとか…。

 

自分にはコントロールできない事態が起きたりする。

 

そんなときは平穏に練習に費やしていた日々を遠いことのように感じて、何事もない日々というものがどんなにありがたいものかつくづく感じます。

 

だからこそ、練習できるとき、そういうことに没頭することを許されている時間を貴重に思い、できる限り努力せねばと思うようになりました。

 

いつまで生きられるのかわからないけれど、やっぱり練習するためにもっと生きたいし、先日突然の体調の変化で自分が感じたように『え!?今死ぬかも!?』ってときでも、『今練習しているものがもう少し形になるまでもうちょっと待って。。』と、たぶんこの先も思うのだと思います。

 

そして毎晩眠りにつくとき、時には『今日はたくさん練習したなぁ』と満足感に浸り、また時には(というかこういう日の方が多いのだけれど)『今日はちっとも練習が進まなかった…』と反省しつつ次の日の練習のことを考えて、目覚めるたびに『あー、また生きるのを許された。今日もがんばって練習しよう』と思うのです。

 

とはいえ、自分はそんなに頑張ってはいないとも思うのですな。世の中の、夢に向かって頑張って練習している人ほどには。けっこう甘々で、練習しながら他ごと考えていたり、うっかりネットで別のこと検索していたり、ポチってしまっていたり…。おかげで我が家には本が山積みで…(苦笑)。

 

デビュー前のタレントの卵みたいに付っきりでお尻を叩いてくれるマネジャーが欲しいw

 

というのは冗談だけど、自分がもっと上手になりたい!と思えるものがあることを嬉しく思うし、どれだけ上達するか見たいからこれからも練習を頑張ります。

 

そして今日平穏に過ごせることに感謝です。

 

 

(とくにオチはなかった・笑)