日本人の自分の英語はホンモノ?ニセモノ?-長年のこの問題に私はこう決着をつけた!(日本人としての英語・発音などの重要な気づき)

 

英語難民カウンセラーファンキーアコです。

 

今日のブログ記事は、以下の過去二つのブログ記事に対する気づき総集編【アハ!編】となります。

 

※こちらを先にお読みいただくことをおススメします。

 




 

上記のブログを書いたときの自分にはわからなかった答えが、これを書いている現時点でははっきりと出ています。

 

そしてそれは、私の英語力が上がって行くとともに自然に出てくるものでもありました。

 

だから以前、英語のネイティブとして生まれなかった自分が、どのように自分の英語をとらえればいいのか、日本人としてどういう英語を目指して行けばいいのか、見えなかったのは、自分の英語力自体がその答えを導くのには未熟すぎたということなのでしょう。

 

どんなことも数稽古と言われます。

 

数稽古することでしか見えてこないものがあるのと同じなのだと思います。

 

現時点の自分が思うことを以下書いてみます。

 

 


■ニセモノですが何か?


 

 

以前は自分の英語はニセモノだと思っていた。

 

もしくはニセモノなんじゃないかと内心ビビッていた。

 

 

でも今はまさに

 

ニセモノですがそれが何か?

 

というずうずうしい気持ちになっている。

 

そして自分にとってこれは、なかなかいい変化だと認識している。

 

 

 

私は日本で生まれた日本人で、私の母語は日本語だ。

 

その自分、それもいい加減大人になっちゃってから真剣に英語を勉強しなおし始めて、どんなにどんなにがんばってもがんばっても、どうしたってその言語で生まれ育った人にはかないっこない。

 

と確かに思う。

 

(実際はこんなに連呼するほどには頑張ってはいない)

 

でもだんだんと、言葉の発達は『数稽古』『習慣』『慣れ』の部分が大きく、外国人であってもその言語に接する密度の濃い時間と経験を経て、ネイティブと変わらない言語運用能力を持てると思い始めた。

 

自分が英語をまだまだと思うのは、そこに至るまでやっていないだけのこと。

 

しかしながら、ちょっとした甘えとあわただしい日常の中で、私の英語力はどう転んでもこれ以下ではないがこれ以上でもないのが現実だ。

 

それを踏まえて考えてみると、現代はすでに、英語を外国語として話す人の数の方が、英語を母語として話すひとよりも多いという時代になっているということで、

 

 

英語ちょっとヘンかもですが、ネイティブの使うようなこジャレた表現は使えないですが、それが何か?

 

 

という厚かましい態度はぜんぜんアリだと思っている。

 

よって日本人の自分が話す英語は、ニセモノっちゃあニセモノかも知れないけど、これだけニセモノが多くなっちゃった現在、ちょっとくらいニセモノでも市民権得ちゃっていいんじゃないかと。

 

 

※でも英語をネイティブと同じくらいちゃんと使える外国人もたくさんいます。

 

 

 


■ただこの開き直りには、このとても重要な条件が付くが。


 

要するにキモは

 

通じるかどうか

 

なのである。

 

文の構成しかり、発音しかり。

 

 

そしてもう一つは

 

相手をイライラさせない程度の瞬発力・スピード

 

も必要だと思っている。

 

だから結局は、自分の英語がある程度のレベル以上になる必要があるわけだ。

 

 

※『通じる英語』に欠かせない『発音』『ロジカル英語』については別途記載します。

 

 

 


■発音について


 

この話は以前もアメブロなどでしているとは思うが、私は10年ほど前に、日本人でありながらネイティブのようにアメリカ英語を上手に発音できるある先生に師事していたことがある。

 

それは、私自身がアメリカ英語のカッコいい発音を身につけたい一心で、先生のアドバイスに従って試行錯誤していた時代だった。

 

とてもよい先生だったのだが、先生のある一言がとても気にかかった。

 

 

 

それは私がある短いフレーズを先生のまねをしながら発音していたときのこと。

 

先生が突然

 

 

今の!それそれ!今の聴いたら誰でもアメリカ人だと思って振り返りますよ~!すごいじゃないですかぁ~!』

 

 

と私の発音を褒めてくれたのだ。

 

 

 

褒められて嬉しいはずなのに、私の中にはものすごい違和感がわきあがってきた。

 

確かにアメリカ人みたいにカッコよく発音したいはずなのに、『アメリカ人みたい』と言われた時ものすごく気持ち悪かった。

 

 

 

アメリカ人かと思って振り返られたら嬉しいのか?

 

日本人なのに…??

 

自分はアメリカ人になりたいワケじゃないよな?

 

■○▼※●□◎※??

 

 

こういう居心地の悪い思いをうまく処理しきれずに、自分がどうあるべきなのかいろいろと考えたが結局答えが見つからず、結局レッスンは途中でやめることに…。

 

 

 

 

 


■先生から答えが与えられなかったから…


 

 

やめる最後に、私は先生にどうしても聞きたかったことをメールで訊いてみた。それは

 

『日本人としてどう英語を発音すればいいのか、先生はどう考えますか?』

 

というものだった。

 

でも先生から回答はなかった。

 

先生にとって、めんどくさい質問ではあったかも知れない。

 

でも同時に

 

『先生はアメリカ英語が好きすぎて、そんなことを疑問に考えたこともなかったのか?』

 

とも何となく思った。

 

 

 

先生の意見をぜひ伺いたいとは思った。

 

どんな考えがあるのか(ないのか)興味があったから。

 

でも先生から回答がなかったので、自分でずっと答えを探し続けるしかなかった。

 

そもそも先生の考えは先生のものであって、それが正しい答えということでなないのだけれども。

 

 

その疑問の答えを探し続けながらも、途中でレッスンをやめた自分の発音には満足しておらず、それ以降も自分で試行錯誤を続けたり、別のアメリカに長年住む日本人(ほとんどネイティブと同じ)の先生から発音を習ってみたりしていた。

 

その先生もやはりアメリカ英語が大好きな人で、私がアメリカ人のように発音できるととても褒めてくれた…。

 

 

 

そして、そうこうしているうちに

 

日本人としての自分の英語はどうあるべきか?

 

という疑問と同じくして、発音に関しても、やはりり自分のレベルが上がっていくにつれ、もやもやとしていた(自分なりの)答えが自然に見つかってきたのだ。

 

それは…

 

 

 

 


■通じればいい。通じやすければよりいい。


 

 

というものだった。

 

自分のレベルがまだまだのときには、自分自身が自分の英語に確信が持てない。

 

だからいろいろと不安になったけれど、それ以降も努力を続けることで文法・語法・発音・マインドにおいても、どんな位置にいるものか、自分で客観的に見られる時期が来る。

 

きっと自分はその時期をとりあえず越えたのだと思う。

 

 

そして今の自分はもうジタバタとはしていない。

 

外国人として英語を胸を張って話せばいいと思う。発音も母語のニュアンスが入るのはある意味とてもセクシーでチャーミングだとも聞く。

 

(外国人の人が日本のアナウンサーみたいに話すの期待しないのと同じだね。通じないのは困るけど、通じるならちょっとなまってるのって、その人らしさがあって可愛いと思うから)

 

 

それに私自身は、確かにアメリカ英語が大好きだったけれど、第2外国語として英語が話せる外国人たちを一番ステキだなぁと感じる。やはり発音も含めて『通じる英語を使う』ことが前提だけれど、

 

 

日本人丸出しな感じで、日本人として通じる発音で通じる英語話しますけど、それが何か?

 

 

という感じ。

 

日本人、日本人ってコダワリすぎてウルサイかも知れないけど、やっぱり自分は日本人だからね。でも自分が日本人ということ、日本に生まれたこと、本当に誇りに思ってます。

 

 

私の発音は英語ネイティブに言わせると

 

『アメリカ英語ともなんか違うけどすごくクリアで聞きやすい』

 

そうだ。例の、最初に発音を習った先生は私の英語を

 

『なんかサッパリしすぎ』

 

と形容していたけれど。たぶんRとかの籠る音が足りないのだと思う。英語圏の子どもも『今のR籠ってないよ』と親から注意を受けながら大きくなると聞いた。英語ネイティブの子どもですら、努力して習得するんだもんな、と。

 

 

最初の発音に対する疑問のの時代から、すでに10年が経過して、今も常に発音に関しては努力と工夫を継続しているし、今は歌の英語発音の研究のおかげでも、話す英語の発音によい影響が起きていると思う。

 

とはいえ、初期の頃には出せなかった音が今は出せるようになっている。私に発音を教えてくれたあの先生方のおかげでもあるし、それ以降も常に自分でも研究しつづけたことが成果となっているのは嬉しい。

 

 

 

 

 

 


■そして結論


 

アメリカ英語がもともと大好きで、あんなカッコよく発音できたら…とかなり試行錯誤した自分だったが、英語としての音のキモをおさえればちゃんと通じるユニバーサルな英語の発音が日本人だって習得できるし、今はだんだんとイギリスの個性的な発音も魅力的だなとさえ思うようになって自分もあんな風に発音してみたいと思う今日この頃だ。

 

私の好きなレア・サロンガ(フィリピン女性歌手)が、イギリスではイギリス風の、アメリカではアメリカ風の、そして母国ではフィリピン風の英語それぞれを遊び心を持って使い分けるように、そんな器用なことができるようになるのも、人生のこの先の課題として面白いと思ったり。

 

 

今回の結論は、通じれば何でもいいし、自分の英語を聴く相手に負荷を与えないように、できるだけ通じやすい英語である方がいいということ。そして、外国人として胸を張って英語を使うためには、やはりある一定以上の英語力を身につける必要があるということ。

 

 

多くの日本人にとっては初めてで、日本語と文法も文化背景も真逆な英語の習得は本当に一筋縄でいかずにわからないことがたくさんあるかも知れない。ときに自分の探している答えを持っているかも知れない人に聞いてみるのも一つの選択肢である一方、結局はその『迷い・疑問』の答えは、自分が成長することで自然に見えてくるものだったりするんじゃないかなってこと。

 

だからわからないことがあっても、カンタンに答えを求めずに、少し苦しんでみて欲しいと思う。

 

何かを学ぶと言うのは、『何かの答えを探す旅』でもあるのだから。

 

 

自分にとってはこうやって日々あれやこれや考えていること自体が、大切な英語(外国語)習得のプロセスであり、醍醐味であり、自分を成長させてくれる糧なのだ。

 

そして

 

私の英語ちょっとヘンですがそれが何か?

 

と開き直りながらも、生粋の英語がとっても大好きで憧れていて、英語らしい表現に触れている時間が本当に幸せであるし、これからもずっと新たな壁が自分の前に常に出現し続け、日々精進し続けるのであった。

 

 

 

 

※『通じる英語』に欠かせない『発音』『ロジカル英語』については別途記載します。