夢を追い続ける覚悟がありますか?今日は私が共感した、ある初級学習者の方の気づきと決意を紹介します。

 

 

 

英語難民カウンセラー、ファンキーアコです。

 

 

昨夜いろいろな英語本をアマゾンで見ていて、ある本のレビューが心にひっかかり、今日はそれをもとにした記事を書かねば!と朝どガバッと布団から飛び出し今これを書いています。

 

そのレビューとはこちらです。

(引用元アマゾン)

 

このレビューには『使える英語を習得するための大人やり直し英語』に直結するいろいろな本質が詰まっています。

 

 

 

 

一つずつ、体験を通して私の思うところを書いてみます。

 


やっぱり所詮はこの程度か…。という印象を持った。聞きたい英語を理解するには無意味だろう。そんな印象を持ったからである。然し…。教材の英語が理解出来ていた訳ではない。自分自身の期待があまりに高すぎたことと、英語力がいかに低いかを再認識したことだ。子供に大人の話が解らなくても、それ相応の言葉を覚える必要はあると考え直した…。


 

 

実は私も英語を学び始めて2年目に、上記のレビューのコメントと本当に同じ気持ちになったんです。

 

 

私が28歳で英語を再勉強し始めた時まず、中学1~2年レベルのNHKラジオ講座(当時の基礎英語、続・基礎英語)を10か月間毎日受講し続けた話など体験談はこちらで書きました。

 

【体験談】英語を始めたきっかけ(1)

 

【体験談】英語を始めたきっかけ-NHKラジオ講座で勉強開始(2)

  

■NHK教育テレビ 『ゲーリーさんの英語レッスン』で観た学校英語の実態

 

 

 

当時は英語の効果的な学び方などというものには全く認識がなかったので、テキストに載っている英文すべてを、日本語訳を見て瞬時に口から出るほどにやりこんでいたかは疑問ですが、少なくとも講座はすべて録音し、当時まだMDもない時代だったので、カセットテープを編集できる、カセットが二つ付いたデッキ(レトロ…)を使って、ネイティブが読み上げた英語の文の後に自分が言えるポーズを入れて、家事や内職をしている間にテープをかけっぱなしにしても音声の後に自分が繰り返し言って練習できるようなものを自作していました。

 

 

(のちに2年目からは遠山顕先生の『ラジオ英会話入門』が始まりますが、遠山先生がゲストのネイティブスピーカーと繰り広げるフリーカンバセーションなど重要な箇所もすべて抽出してテープに収め、日々繰り返し聴いていました)

 

 

一日たりとも休まず、朝6時に起きてNHK講座を受講。午後と夜の再放送も復習のために聴き、おまけにその他のレベルのNHKラジオ英語講座も聴くという入れ込みようでした。

 

 

もちろん中級~上級レベルの英語講座はチンプンカンプンという状態です。それでも『言語はカンタンなものから難しいと様々なものからできているから、自分のレベルだけでなくいろいろなレベルのものに触れるのがいい』というアドバイスを耳にしてから、毎日いろいろなレベルに触れていたわけです。

 

 

当時は自分のレベルが一番下だったので、当然自分よりカンタンなものはない状況だったんですけどね。

 

 

それでも例えば、アルクの通信教材で『赤ちゃん~幼児に聴かせるとよい』という早期教育用のものがあったので、それを購入して童話やナーサリーライムを聴いていたりもしました。学習を開始して2年目からは、私の3番目の娘が生まれていたので、娘に聴かすのにもちょうどよかったんですね。

 

 

 

ラジオ講座を10か月聴き続ける間、何年かぶりの『勉強』に、私はいつもワクワクしていました。学生時代、気が向いたときと受験の前以外、ほとんど真面目に勉学にいそしんだ経験のなかった自分が、本当に真面目に勉強したものだと感心します。

 

 

3月になり、講座が終わると言う最終日、講師の方々から

 

 

『一年がんばりましたね』

 

 

という労いの言葉と共に番組が終わると、10か月頑張ったとという充実感に感無量で目頭が熱くなりました。

 

このとき感じた

 

やりきったあとの充実感

 

が、のちのちまで自分を支えてくれていたのかもと今になって思います。

 

 

そしてネットで、当時の続基礎英語テキストの写真を見つけました!

 

 

 

1993年は私が学習を始めてまさに2年目なので、この続基礎英語を受講している真っ只中でした。

 

懐かしすぎますっ!(涙)

 

 

(ネットで知ったところによると、この基礎英語・続基礎英語は、中1~中2レベルのみにとどまらず、中3、それ以上の範囲をカバーしていたとのことです。素晴らしい内容にあらためて驚愕します。そしてこの続基礎英語には、それ以降のNHK講座にはない、とても斬新で生きた英語を知るためにとても貴重なあるコーナーが存在しました。それについてはまた別途記事にします。いずれにせよ当時英語やり直しのためには、中学英語の復習として大変役立ちました)

 

 

 

 

…話が少しそれました。

 

10か月NHKラジオ講座を受講し続け、日常でも英語の文章を抽出して作った自作の練習テープを毎日聴き続け、早見優さんの『アメリカンキッズ』や英会話フレーズの本で決まり文句も多少覚え、ラジオ講座(テレビ講座も!)をすべて見聞きし…

 

 

今まで出会った英語は全てわかる!

 

 

状態で隣の区で週一で開催されていた主婦の英語サークルに参加、(ほとんど)生まれて初めてネイティブ (カナダ人女性)と『英会話』の機会を持ったわけですが…

 

初日、先生から途中から参加し始めた私に、自己紹介するように言われました。

 

 

しかし…

 

 

特に自己紹介などを準備していたわけでない自分は、声も小さく発音のキモもおさえておらず、聴き取りにくい意味不明なことを口にしていたに違いありません。

 

今思い出してもハラハラしますが、先生がその時かなりテンションの低そうな表情をしていたのが目に浮かびます。(欧米人の方は愛想笑いをしないので、気持ちがそのまま顔に現れただけと想像します)

 

その一瞬で、そして、その後展開される、他の主婦の方と先生の英語でのやり取りを目にして、私のそれまでの10か月の努力がいかに小さなものだったかを思い知ります。

 

確かに思いました。

 

 

100%わかるようになった!

 

 

と。

 

でもそれは『ラジオ講座やアメリカンキッズで学ん英語だけ』であって、もっともっと多くの自分のレベルより上の英語が存在するし、実際の会話の世界ではカンタンなものから難しいものまで、それもさまざまなトピックに渡り、そんなものたちが自由に泳ぎまくっているのですよ。

 

英語を『生きた言葉』として、生まれて初めて学んだ自分にとって、これがまさに最初の挫折のときでした。

 

そうなんだ…。自分のレベルは痛いほど低くてカンタンなことしかできていなくて、できる人たちはたくさんいて、そういう人たちのレベルからすると自分が今いる位置はとても遠いんだ…。

 

しかも初日は会話のキャッチボールも初めてで、自宅で一人でカセットテープに合わせて練習しているのとぜんぜん違ってオドオドと挙動不審で、自己紹介さえまともにできなかった…。

 

本当に情けない体験で自分をちっぽけに感じ、今思い出しても心臓がバクバクして、手に汗握ってきます…。

 

でも、この経験が自分の目を覚まして現実を見せてくれて、この後の自分の英語学習に確実につながって行くのです。

 

 

 

※実際にはまだまだ『日本人が英語を学ぶということはどういうことか?』についての全容が見えて来るまでには、その後何年もの苦節が待ち受けているんですけどね…。

 

 

 


■大人だから…という勘違いは注意です


 

このレビューアーの方はこう言っています。

 

 


ーやっぱり所詮はこの程度か…。という印象を持った。聞きたい英語を理解するには無意味だろう。そんな印象を持った


 

 

きっとこのレビューをした方は、例えばTEDのようなプレゼンを難なく聴ける英語力をイメージしていたのかも知れませんね。

 

それでこの教材を購入してフタをあけてみたら…

 

あまりに英語のレベルが低いので愕然とした。

 

 

いや、自分はもっと精錬された英語をイメージしていたのだけど?

 

学びたいのはこんな子どもみたいな英語じゃないんだけど?

 

自分は少なくとも6年(もしくはそれ以上)英語を学校で学んで来てるんだけど?

 

もしもーし!!??

 

 

という感じでしょうか。

 

 

この方は続けます。

 

 

 


聞きたい英語を理解するには無意味だろう。


 

 

本当にそう思えて来ちゃいますよね?

 

いったいこのカンタンで子どもじみた英語が、大人の自分が相応する英語にどうやってつながると言うのだ?

 

と。本当に痛いほどわかります。

 

幸い私の場合は、特にイメージなく学習をスタートしました。

 

なぜなら

 

 

『こんな全くできない自分が真面目にコツコツやったら、英語が話せるようになるんだろうか?』

 

 

という、最低のレベルから疑問を持ってスタートしたからです。そこにTEDのイメージなど一ミリもありませんでした。期待感ほとんどゼロだったんです。うまく行ったら儲けものくらいだったんですよね。

 

今のように世間で『英語英語』と叫ばれている時代でもありませんでした。

 

周りの小さな子どもを持つ母親たちは躍起になって子どもに英語を習わせていましたが、私はそれに対して冷やかだったし、英語を普通に話せる人も世の中にはたくさんいたのでしょうが、私の周りでは英語は珍しいものだったんです。親の自分ができなかったからこそ、子どもに夢を託したいと、子どもに習わせる親は多く居ましたが。

 

だからこそへそ曲がりの自分は、親の自分がまず出来るようになりたいと思ったのかもしれませんが(苦笑)。

 

 

 

そうしてこの方は、このようにも続けています。

 

 

 


教材の英語が理解出来ていた訳ではない。自分自身の期待があまりに高すぎたことと、英語力がいかに低いかを再認識したことだ。子供に大人の話が解らなくても、それ相応の言葉を覚える必要はあると考え直した…。


 

 

やっぱりこの方は、ご自身の期待が高く、こんなカンタンな英語も理解できないのかと、いかに現在の自分の英語力が低いかを思い知りました。

 

全部わかる!と意気揚揚に主婦の英語サークルに参加した自分が初日に覚えた挫折感とまさに同様の種類のものだとお察しします。

 

 

そうなんですよ。大人の話題を扱う前に、どうしてもくぐり抜けておかないといけない場所があるんです。

 

大人からすると『はぁ?』って思うかも知れないけれど、

 

 

子どもが話すようなシンプルでカンタンな英語

 

 

をやらないといけないんですよ、まず。

 

 

なぜなら、それは内容はカンタンであるかも知れないけれど英語をは

 

自由に話すために重要なもの

 

の宝庫だから…。

 

 

 

 


■子どもの英語とあなどるなかれ。子どもの英語でも●●はバッチリです。


 

 

私は学習2年目に3番目の娘が生まれ、その子にも聞かせられるようにと、アルクが出版していた童話やナーサリーライムが聴ける教材を聴いていました。

 

当時の私はまだ英検3級レベルもおぼつかないような英語力です。当然自分の気持ちや行動を英語で表現するなどという高度な技は使えません。

 

せいぜい『一言会話集』から引っ張ってきた『お腹空いた』だの『頭が痛い』だの、1秒くらいで済んじゃいそうなそういう言葉を発するのが、能動的な会話としては精一杯でした。

 

※受動的であれば、ラジオ講座のテキストの英語は理解できましたし、他の英語も聴いてわかるようにはなっていましたが、瞬時に口から出せる表現としてはせいぜいその程度でした。

 

当然その時代に、そのアルクの、幼児に聞かせる童話のようなカンタンなお話の文章を自分で作れるかと言ったらムリですし、英語圏で育つ赤ちゃんよりは言葉を発することができたかも知れないけれど、言葉を話し出した幼児にはすでにかなわない状態だったと思います。

 

なぜなら、彼らはすでに、英語という言語のしくみを体得して、英語の回路を使って発信しているからです。

 

この時点で、英語を学校で長い時間勉強したけど話せない、日本人大人の多くは完敗です…。

 

英語回路により英語使う

 

ことにおいては。

 

 

そしてこの方は更にこのように続けます。

 

 


教材を買ったのは、人生最後の英語学習。そんな気持ちからだった。先ずは、ここから始めるしかない。


 

 

これが人生において最後の英語学習という決意を持って臨まれたんですね。

 

この方がそれ以前に英語難民だったのかどうかは定かではありませんが、多くの英語難民と言われる人々はこのようなところをグルグルとしながら、次の教材に望みの綱をかけて

 

何とか今度こそはこの状態から抜け出したい

 

と必死になります。

 

私自身がそうだったから痛いほどよくわかります。

 

 

 

 


その昔、英検一級合格者がニューヨークに行ったところ、現地で完璧に立ち往生した話を聞いたことがあった…。


 

 

この件に関しては私も以前こちらのブログで書いたことがありました。

 

 

わからない英語は何年かかっても聴けない

 

 

『日本で学ぶ英語、英会話』の決定的な限界を感じる一瞬

 

ではないかと想像します。

 

確かに現地で感情の中で飛び交う生の英語と、日本で冷静に学ぶ英語の間には大きな壁があるのかも知れません。

 

 

こちらで以前に書きましたが

【体験談】未知の世界

 

確かに英語を学び出してすぐには何のことやらサッパリわからなかった、新聞に載っていた作家の方が話していた『地元の人々が話す世間話』に立ち入れない様というのは、今まで英語をやってきて、全容がわかるんです。(自分が難なくその会話に入れるということではないです)

 

要するにそれは母語であっても難しいかもしれない

 

『日常にありながらも究極に難しい会話の状況』

 

である可能性が高いんです。

 

 

そこにいる人々にしかわからない背景事情・文化などがあって、例えば日本の片田舎で、地元の人々が日常に根差した話題で、それも多少の地元の訛りで話していたら…

 

たぶん日本語であっても理解が不可能で外国語のように聞こえてしまう、もしくは、自分がアウトサイダーになったような気分がするんじゃないでしょうか。

 

 

でも、日本で英語を学ぶ人々、とくに大人から英語をやり直す場合は、そのところをちゃんと理解せず、とにかく最高のシチュエーションで英語を操る自分をイメージしがちな気がします。英語を学んでいくうちに、自分もそういうイメージにかなり翻弄されたので。

 

確かに『なりたい最高のイメージ』を持つことは、目標達成のためには必要ですし最短で目的地に行くには役立つことかも知れません。

 

でも、『自分がなりたいイメージ』と『自分が追うべき実体』が時として同じではない、もしくは同じであることが的を外している、効果的でない場合もあると思います。

 

 

英語難民だった私が、英語難民カウンセラーとしておススメするのは、最高に精錬されたシチュエーションで自由に英語を操る漫然としたイメージではなく、

 

 

基本的な単語をまずは確実に英語回路を使用しながら発信できるようになること

 

 

です。

 

練習とかけた時間次第で確実になれます。

 

『特別の才能を持つ人だけができる神ワザ』でも何でもないです。今英語が話せる人はみなできています。

 

逆に言えば、それができていないなら話せません。

 

 

だから、英語回路が構築されていない人にとっては、子ども用くらいにカンタンな教材・題材というものが意外にも侮れないですよ、ということなんです。

 

 

 


■突然英語がわからなくなる現象の謎!?


 

 

そして『英検1級保持者がニューヨークで立ち尽くす』ことには、もう一つ思うところがあって、ペーパードライバーが高速道路にいきなり出て戸惑う…というような、経験値だけが問題だということがあると思います。

 

これは自動車学校で交通ルールを学んだり、実地の練習を全くすることもなくいきなり高速道路の流れに乗るのとは違います(だいたいこれは法律違反です…)。

 

英検1級合格者ともなれば、膨大な時間を英語学習に充てているでしょうし、さすがに文法の知識がめちゃくちゃということはありえないわけです。英語のドラマや映画もある程度理解できるし、洋書や英語のネット記事も、特別クセのある難解なもの以外は問題なく読むことができるとも思います。

 

しかしながらそれでも、現地で生の英語が飛び交う現場に放り込まれたら、とりあえず怯むんじゃないかと思うのです。

 

そしてその精神的にツライ状況では、リラックスしたときに活発になる副交感神経が低下して緊張するため、普段だったら(映画などで)聴ける英語も聞けない…ということは十分に起こり得ます。

 

以前もこちらのブログ記事で、俳優の別所哲也さんがアメリカで仕事をしたとき、3ヶ月ほど耳が英語を受け付けない、英語を理解できない期間があったと話していたことを書きました。

 

そしてその3ヶ月を過ぎたら英語が聴けて、問題なくコミュニケーションが取れたのだとすれば、精神的要素以外にも、英語に囲まれたことで情報過多になり、脳が情報を処理しきれなくなり、一瞬全く英語が聴けなくなる、理解できなくなる、と言う状況が起こった可能性もあります。

 

特に、英語の勉強を続けていると、大きな上達の前に全く英語が理解できなくなる期間があるのは、密かに語られていることです。私自身も何度も経験しています。一番最近のことはここで書きました。

 

■英語がまったくわからなくなったんですが何か?(笑)これは老化かそれとも…???

 

別所哲也さんが英語を聴けなくなったのも、そういうことが背景にあったかも知れませんね。

 

英語を聴くということに関して言えば、ニューヨークで途方に暮れた英検1級の方も、一時的に同様の状況に陥ったかもしれず、その場合であればある程度の『慣れ』により状況に対応することは可能と思います。その間に英語を聴きとる力が刺激を受けて上達することもあり得るからです。

 

ただこれらは全て、英語回路がインストールされていて、準備ができている状態だから成し得ることです。

 

中学英語の文法もわからない状態では、本当の意味で立ち尽くすことになりますので注意です(苦笑)。

 

※主にリスニングにおいてのお話になってしまいましたが、英語圏で瞬発力を求められるスピーキングとなると(例え間違いなく基礎力のある英検1級レベルの人でも)、慣れの問題だけではなく、日本にいる時点で日頃からの準備がどれだけできているかが重要となると思われます。

 

 

※そして英検1級合格者と言っても、英語力はその中においてもピンからキリまであって、比較的受動的な英語力でギリギリ合格した人と、英語発信力が高い合格者とでは、英語実践力ににおいてかなりの差があってもおかしくないと思います。発信力がまだまだの場合は、いきなり英語圏で生の英語が飛び交う中に放り込まれて呆然とすることも十分にあり得るかお。。

 

英検1級は多くの英語学習者の憧れではあるものの、英語のプロとしてはわずかにスタート地点であるともよく言われていますし、英検1級合格とはいえまだまだある意味では『道の途中』だということですね。

 

 

 

 

話が逸れましたがこの方の発言に戻ります。

 

 


僅か二カ月で何が出来る。教材を前にして改めてそう思った。然し、人生最後である。60日一日も休まず、この教材で学習した。然し、英語圏サイトを見ても、その理解には全く役に立たなかった。二カ月前と同じ。


 

 

僅か二カ月で何ができる。

まったくもって本質です。本当にそうです。たかが2カ月です。

 

『ペラペラ』の定義によっても変わってはきますが、いかに『3カ月でペラペラ』ということがムリがあるかがわかります。

 

この方は

 

60日一日も休まず、この教材で学習した。然し、英語圏サイトを見ても、その理解には全く役に立たなかった。二カ月前と同じ』

 

と言っています。

 

たぶんこの感じは、今現在中国語を勉強している私が、毎日日常的な会話の文章を暗誦しているにも関わらず、中国語のウェブ記事を読もうとしてしょっぱなからいきなり撃沈している様子とダブります(苦笑)。

 

ご安心ください。

 

それは当然のことで落胆すべきことではありません。

 

 

それはなぜか?

 

まず、いくら60日頑張っても、まだまだレベルが違いすぎるからです。

 

そしてもう一つに、読もうとしている題材が、自分が学習してきた内容とズレがあり難易度もカテゴリも決して同じではないからです。

 

私が10か月、NHKラジオ講座で勉強した内容がどんなに100%わかったと思っても、実際の場所では手も足も出なかったのは、どんな内容が飛び出すかわからない、サークルでの他の主婦の方たちと先生の会話の内容まで把握しきれていなかったからです。

 

出てくる単語も違うえば、文の構造も違う。

 

それを教材で60日、もしくはラジオで10か月網羅したところで、世の中に出ている内容と難度に制約のないものが2カ月ほどでカバーしきれるわけがありません。

 

だから冷静に考えて落胆しなくていいことなので、決して落胆しないで欲しいのです。

 

 

 

でもこの方のこの言葉で、覚悟の決意が伝わってきます。

 

 


この二カ月の学習習慣を生かして、今後も学習を継続してみるしかない。海外などへ、改めて行くこともない。ましてや外人に道や時間を聞くことなどあり得ない。それでも尚それが言えることは必要なのだとは思う。


 

 

素晴らしいです。感動します。

 

初期の時代になかなかここまでの気づきを得られません。

 

 

そうなんです。今後も学習を継続するしかありません。

 

でもたとえ60日が、10か月が何の役にも立たなかったように見えても、決してそうではありません。

 

確実にあなたの『英語学習累積時間』に影響しています。確実にあなたの『英語基礎力づくり』に貢献してくれています。

 

万年英語難民の人々と、ここから打破して英語回路を身につけられる人々の違いはここにあるのだとも私は思います。

 

この時期に海外へ行く必要は一切ありません。海外に語学留学しながら、結局は文法の学習のために一歩も外に出ずに学習しているというのはよく聞く話です。であればお金をかけて海外に行かなくとも日本で十分です。

 

 

では、外人に道を聞かれもしないのに、どうして道案内の英語フレーズを練習する必要があるのかについてはどうでしょう?

 

私はその練習は決してムダではないと思っています。

 

なぜなら、そういうフレーズは単語を入れ替えれば別のシチュエーションで使える、どのみち『英語回路を使った英語の文章』であるし、この先英語を使う必要が出てきたときには確実に使う可能性があるからです。

 

『英語の文型』は限りなく星の数ほどに存在するわけではなく、英語はある程度の種類の文型をくっつけたり入れ替えたりすることから成り立っています。

 

だから道案内とか、使わないんじゃない?というシチュエーションの文章であっても、その文を構成している内容に目を向ければ、決して無意味なものではないのです。

 

それに、自分がそれと同じ文章を話すことは一生かけてもないとしても、その文章を耳にすることがあるかも知れません。

 

そのときに理解できるか?ーその文章との出会いの機会を、無意味としてとらえるか、その観点で理解・吸収しようとするかで、時間の経過とともに学習の濃さが変わってくると私は思います。

 

 

 

 


それでも尚それが言えることは必要なのだとは思う。


 

私もそう思うのです。

 

 

 

そして最後にまた重要なことに気づかれています。

 

 

 


比較的易しい教材であるから一日も休まず継続できたのだとは思う。英語が話せるとは単に教材の英語が話せるようになる程度で、聞く一方の英語の理解には、まるで無意味。そんな覚悟をしてから買うべきだと思う。


 

 

易しいから続くというのはあると思います。

 

これが私が、思い切って中学英語の最初からやり直した方がいいという理由でもありますし、私自身もそうしてきましたし、今回の中国語やり直しでも、思い切って一番最初からやり直しました。

 

すでに知っていることの復習が多いので、勉強のとっかかりがスイスイ進み、とても楽しかったのを記憶しています。学習段階で適切なレベルのものを選ぶというのも、学習を効果的に進める大切な要素です。

 

 

そしてどんなカンタンなことであっても

 

■聴いて・読んでわかる

(受動的理解)

■書ける・話せる

(能動的理解)

 

とは雲泥の差がありますので、『聴いて・読んでわかるじゃん』というところで満足せずに、その次に『同等のものが自分から出せるか?』という一歩踏み込んだ観点で学習を進めてほしいと思います。

 

自分がアクティブに発信するつもりになって同じ教材に向かうと、受け身のときとは全然違う脳の部分が刺激されて、一層濃く効果的な学習になります。

 

私は現在、読んでカンタンな、とてもよい英語で書かれている英語の本を、『自分が同じ文章を書けるだろうか?』という意識を払いながら、また、言葉の使い方を注意深く観察しながらこれらの本を読んでいます。

 

 

 

読んでわかる、おしまーい!はいっ、ポィッ!歯磨きしてさっさと寝よっ!

 

 

では勿体なさすぎます。

 

同様に、私が今たまたまラジオ英語の中学レベル講座しか聴くものがなかったとしたら、『カンタンだし!』などと思わずに、ネイティブの発音の仕方、使われているフレーズを自分でも言えるだろうか?などに注意を払ってアクティブリスニングに徹しますね。

 

 

これが私が、どんな教材であっても、自分がイニシアチブをとることによって、生かすも殺すもできると信じている所以です。

 

 

 


英語が話せるとは単に教材の英語が話せるようになる程度で


 

 

 

この方は一つ一つスルドイ!

 

これが私がラジオ講座で学んだ後に参加したサークルで感じたそのものです。

 

そしてこの方は気づきと共に、学習継続の覚悟ができているので、

 

英語難民から抜け出す素質十分にあり

 

です。

 

 

 

 

 


聞く一方の英語の理解には、まるで無意味。そんな覚悟をしてから買うべきだと思う。


 

 

 

私は無意味とは思いません。英語の経験値を上げたという意味では、決して無意味と思わない理由は、上記に記載した通りです。それはリスニングにも、気づかない部分で役に立つ基礎になっています。

 

しかしながら、この教材以外にも、リスニングに着目した教材を利用してリスニング力を伸ばす練習をするのはもちろんおススメです!

 

聴く・読む・書く・話すの4技能はそれぞれに繋がりがあるので、リスニング強化はリスニングスキルのみでなく、他の英語能力アップに必ずつながりますので!

 

 

 

 

 


■最後に


 

今日は英語初期の自分の心境とリンクするレビューを紹介しました。

 

この方の素晴らしいところは、ご自身の英語学習についてちゃんと向き合って冷静に考えようとしているところです。

 

私が常々お伝えしているように、まぁどんなことでも同じなのでしょうが、語学学習においても、自分が今やっている練習はどんなことにつながるのか、それによって起きている変化、変化が起きないために自分自身に起きている葛藤など、どんなものに対しても敏感に観察し、どう学習を進めて行くべきか、たとえ教材やコーチングを頼りにしている中においても、常にイニシアチブは自分で取り、学習&練習する覚悟を持ち、研究しながらどんなことの決定も自分で行って選択して行かなくてはなりません。

 

なぜなら、英語を気持ちよく使っている自分になりたいのはあなた自身だし、あなたの人生を変えて行けるのもあなた自身に他ならないからです!

 

そういう意味で、多くの英語難民の方に、この方の落胆と葛藤、そして決意とこの先に待っているであろう明るい未来をお伝えしたいと思いました。

 

誰より私が一番胸を打たれ心を動かされ共感したのですが、この記事があなたの助けになれば嬉しく思います。

 

今日の練習は必ず未来に繋がります!

 

一緒にがんばりましょう!

 

 

 

 


 

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